SMAP原点『Can't Stop』の真相!1位逃した6人の軌跡
1991年9月9日、後に日本のエンターテインメント史を塗り替えることになる6人組アイドルグループ・SMAPがシングル『Can't Stop!! -LOVING-』でCDデビューを果たしました。いまや国民的グループとして語り継がれる彼らですが、その船出は決して華々しい栄光に満ちたものばかりではありませんでした。
当時の音楽チャート事情、デビューイベントを襲った過酷なアクシデント、そして「アイドル冬の時代」と呼ばれた逆境の中で、彼らがどのようにして独自の道を切り拓いていったのか。デビューから月日が流れた現在も色褪せないSMAPのデビュー曲『Can't Stop!! -LOVING-』にまつわる知られざる舞台裏と、6人時代の熱狂を徹底的に掘り下げます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:デビュー曲『Can't Stop!! -LOVING-』はオリコン初登場2位にとどまり、当時のジャニーズ事務所としては異例の苦渋を味わった。
- 要点2:音楽番組の激減期という逆境の中、台風直撃のデビューイベントやバラエティ進出を経て独自の存在感を確立した。
- 要点3:森且行を含む6人体制の圧倒的なエネルギーと完成度の高い楽曲構成は、後のメガヒット時代の礎として高く再評価されている。
【衝撃の事実】オリコン1位を逃したデビュー曲|阻んだ「SAY YES」の壁
デビュー作が当たり前のようにチャート首位を飾っていた当時のジャニーズアイドルにおいて、SMAPのオリコン順位デビュー結果は業界内に大きな衝撃を与えました。1991年9月23日付のオリコン週間シングルランキングで、『Can't Stop!! -LOVING-』は初登場2位。デビュー作での首位獲得を逃すこととなったのです。
このときSMAPの前に立ちはだかったのが、フジテレビ系ドラマ『101回目のプロポーズ』の主題歌として社会現象を巻き起こしていたCHAGE and ASKAの『SAY YES』でした。同曲は13週連続1位という驚異的な記録を樹立している真っ最中であり、分厚いメガヒットの壁に阻まれる形となった経緯があります。
SMAPデビュー曲の売上は、初週約8.1万枚、累計でも約15万枚前後と、前代の光GENJIが叩き出した熱狂的な初動数字と比較すると控えめなスタートでした。このSMAPのCD売上枚数における苦戦こそが、メンバーたちに「従来のアイドルのやり方では生き残れない」という強烈な危機感を植え付けるきっかけとなったのです。
雨の西武園ゆうえんちと音響トラブル|語り継がれるSMAPデビュー秘話
チャート順位以上にメンバーの脳裏に刻まれることとなったのが、1991年9月8日に埼玉・西武園ゆうえんちの波のプール特設ステージで開催されたデビュー記念イベントでした。この日のエピソードは、ファンの間でも伝説的なSMAPデビュー秘話として語り継がれています。
折あしく当日は大型台風が関東を直撃し、会場は激しい風雨に見舞われました。雨除けのないステージ上でずぶ濡れになりながらパフォーマンスを繰り広げたものの、途中で音響機材が水没してマイクの音やバックトラックが突如途切れるという重大なアクシデントが発生します。
音が止まっても観客のコールに合わせてアカペラで歌い踊り続けた6人の姿は、まさに彼らの不屈のキャリアを象徴する幕開けでした。この過酷な現場を共にした経験が、後にどんなハプニングにも動じない最強のライブパフォーマンス集団へと成長する原動力となっていきました。
アイドル冬の時代と下積み|バラエティへ活路を見出した6人の逆転劇
SMAPがデビューした1990年代初頭は、日本のテレビ界において『ザ・ベストテン』や『夜のヒットスタジオ』といった看板音楽番組が相次いで終了し、いわゆる「アイドル冬の時代」に突入していました。これが、SMAPの下積み時代が長引いた理由の根底にあります。
新曲を披露する歌番組そのものが激減していたため、従来のプロモーション手法が一切通用しませんでした。歌って踊るだけでは世間に認知されないという冷酷な現実を突きつけられた6人は、アイドルとしては前代未聞だった本格的なコントや体を張ったバラエティ番組『夢がMORIMORI』へと活路を見出します。
コントで本気の笑いを取り、フリースローやキックベースなどのスポーツ企画に汗を流す泥臭い姿勢は、やがて同世代の若者やお茶の間の幅広い層の心を掴んでいきました。デビュー時の逆境があったからこそ、歌だけでなくタレントとしての総合力を磨き上げる画期的なアイドル像が誕生したのです。
森且行の存在感と歌唱力|6人体制が生んだ『Can't Stop!! -LOVING-』の熱量
現在の若い世代には5人や3人のイメージが定着しているかもしれませんが、初期の楽曲を語る上で欠かせないのがSMAPの6人時代における森且行さんの存在感です。1996年にオートレース選手への転身のためグループを脱退するまで、森さんは木村拓哉さんと並び、メインボーカルの一翼としてグループの音楽面を力強く牽引していました。
SMAP森且行のデビュー当時を振り返ると、抜群のスタイルと透明感のある伸びやかな歌声は、楽曲にフレッシュな躍動感をもたらしていました。『Can't Stop!! -LOVING-』の冒頭、メンバー一人ひとりの名前をコールしていく斬新な構成において、森さんのシャープな声質は鮮烈なアクセントを残しています。
作詞家・森浩美氏と作曲家・Jimmy Johnson氏、編曲を手掛けた船山基紀氏ら一流クリエイターによって生み出されたCan't Stop SMAPの歌詞とアップテンポなメロディは、青春の焦燥感と無邪気な情熱を完璧に捉えており、6人の個性が混ざり合うことで唯一無二のドライブ感を生み出していました。
歴代シングルにおける位置づけ|ミリオン連発への原点となった1曲
その後のSMAP歴代シングルの系譜を眺めると、『夜空ノムコウ』『らいおんハート』『世界に一つだけの花』といった金字塔が並びます。しかし、それらすべての栄光の原点にあるのが、この『Can't Stop LOVING SMAP』という最初の一歩でした。
1990年代半ば以降、SMAPは渋谷系サウンドや本格的なブラックミュージック、ソウル、ファンクの要素をいち早くJ-POPに落とし込み、音楽ファンを唸らせる先鋭的な楽曲を次々と発表していきます。その布石として、デビュー曲ですでに軽快なブラスセクションとグルーヴ感あふれるアレンジが施されていた事実は見逃せません。
当時を知る音楽プロデューサーやエンジニアの間でも、初期のCan't Stop SMAPの音源は、昭和歌謡の様式美から平成のダンサブルなJ-POPへと橋渡しをしたマスターピースとして高く評価されています。苦いスタートからミリオンアーティストへと登り詰めたドラマそのものが、この曲の輝きをより特別なものにしています。
【Can't Stop SMAP】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:SMAPのデビュー曲はなぜオリコン1位を獲れなかったのですか?
A1:当時の音楽シーンで歴史的な社会現象となっていたCHAGE and ASKAの『SAY YES』が13週連続首位を独走していた時期と重なったためです。また、当時は歌番組が激減していた「アイドル冬の時代」であり、初動の宣伝機会が限られていたことも影響しました。
Q2:『Can't Stop!! -LOVING-』当時の6人体制の音源は今でも聴けますか?
A2:過去に発売されたベストアルバム(『SMAP 25 YEARS』など)や当時のシングル・アルバムCDに収録されており、現在でもCDメディアを通じて公式音源を聴くことができます。森且行さんの歌声を含むオリジナルバージョンがそのまま収録されています。
Q3:曲の途中でメンバーの名前を呼ぶ演出にはどんな意図があったのですか?
A3:お茶の間への顔と名前の認知度を高めるため、イントロや間奏部分でメンバー名を順にコールする演出が取り入れられました。グループ結成からCDデビューまで約3年半の下積みを経ていた彼らを、鮮烈にアピールするための画期的な仕掛けでした。
【総括】時代を切り拓いた『Can't Stop!! -LOVING-』の永遠の輝き
デビュー曲で1位を逃し、台風の雨に打たれながら始まったSMAPの歩みは、エリート街道とは程遠い泥臭い挑戦の連続でした。しかし、その逆境を真正面から受け止め、従来のアイドルの枠組みを自ら壊し続けたからこそ、彼らは時代を超えて愛される唯一無二の表現者となりました。
『Can't Stop!! -LOVING-』に込められた荒削りでひたむきなパッションは、いま聴いても決して色褪せることがありません。彼らが刻んだ不屈の精神とJ-POPシーンに残した偉大な足跡は、これからも音楽ファンの心の中で鮮烈に鳴り響き続けるはずです。 (出典: can t stop smap(Yahoo!ニュース))